ある日の夢

『群青の澱』
塩害でペンキが剥げかけた白いコンクリート壁は、午後の海風を吸い、その微かな塩分と重さを帯びて冷たく凝固していた。
手すりの錆が掌に付着するのを嫌い、中央寄りの階段を、膝に伝わる確かな自重を確かめるようにゆっくりと登っていく。
二階の踊り場からは、乾物屋の出汁の匂いと、小料理屋の油の匂いが混じり合って漂っていた。
店主が手ぬぐいで汗を拭きながら、棘を含んだ笑みを向けてくる。隣の老婆も、昆布の選別をしながら射抜くような視線を注ぐ。彼らによれば私はこの建物の持ち主らしい。しかし、向けてくるのは敬意などではなく、あからさまな疎ましさと冷ややかな執着ばかりだった。
私は言葉を交わすことなく、ただ黙って足を動かし続けた。
重い鉄のドアを開けて閉めると、まとわりついていた視線がふつりと切れた。
しんと静まり返った空間に残されたのは、低い潮騒の音だけだった。
ゆっくりと窓辺へ歩み寄り、硝子の向こうを眺める。
どこまでも不透明な海。一見すれば穏やかな水平線だが、打ち寄せる波は荒々しく泡立ち、その深層は重く泥のように濁っている。
半世紀を超える歳月を刻んできた自分自身と、この底暗い海。
ガラスに皺の刻まれた額を押し当てると、冷気がじんわりと皮膚に伝わってきた。波の渦を見つめていると、内側に溜め込んできた澱までもが、あの冷たく深い暗がりへ静かに溶け出していくような錯覚に囚われた。
私はただ黙って、視界を覆う深い濁りを眺めていた。
そして、気のせいかもしれないが、小さな光を見た。
