取締役副社長
橋本昌也(1972年11月17日)
小学二年の時、竹刀で打ち合う剣士の姿に血が騒ぎ、道場に入門して剣道、居合道、杖道を習い始めました。
>そこで得た体験は、私の発想力や想像力を養い、生命の大切さを教えてくれました。武道を通じて身につけた「礼儀礼節」と「忍耐力」は、今でも私の生きる力、そしてビジネスの根幹となっています。私は短大を卒業後、21年間にわたり小売業に携わってまいりました。
競争が激化する業界において、「どうすればお客様から選んでいただけるのか」を常に考え抜き、組織の長として日々現場の最前線に立ち続けました。従業員と共に汗を流し、お客様に喜んでいただける店舗を増やしてきた経験は、私の大きな誇りです。
その後、私が小売業から現在の建設業へ転身したのは、深刻化するエネルギー資源問題や環境問題を目の当たりにし、「より根本的な社会課題を解決することで、世界を明るくし、さらに多くの人たちを笑顔にしたい」という強い思いを抱いたからです。
もちろん、異業種である建設業のことは右も左も分からず、幾多の壁にぶつかる日々でした。しかし、どんな困難に直面しても乗り越えてこられたのは、幼少期の自然体験と武道で培った「生きる力」、そして何より、周囲の皆様の温かい助けがあったからです。自然体験を重ねた青少年には、豊かな人間性と課題解決能力が備わると言われていますが、私自身がその恩恵を実感しています。
だからこそ私は、【美しい地球を守り抜く】という使命を持っています。
美しい地球環境を未来の子ども達へ残すこと。さらに、地震や豪雨などの自然災害への対策、インフラの老朽化対策など、私たちの事業そのものが、皆様一人ひとりの安全で快適な生活に直結しています。
当社の事業を通じて、笑顔が溢れる明るい世界を創り出す。その強い覚悟と感謝の念を持ち、当主と共に、そして皆様と共に邁進していく所存です。
取締役部長
松見貴之(1972年10月15日)
私が建設・土木業界に携わるようになってから、早いもので30年という月日が経ちました。
私がこの業界に身を投じる決定的なきっかけとなったのは、鹿児島で起こった平成5年8月の記録的な豪雨、いわゆる【8.6水害】でした。当時、私は稲荷川沿いにある飲食店でアルバイトをしておりましたが、職場が河川の氾濫によって甚大な被害を受け、私自身も被災者となりました。
その凄惨な経験から、災害復旧の最前線を担う建設業の存在を知り、「自らの手で郷土を守りたい」と土木業界へ進むことを決意いたしました。
土木という仕事は、人々の生活基盤を根底から支える極めて重要な分野です。その中でも災害復旧工事は、失われた生活基盤を迅速に回復させるだけでなく、【再建と復興】を通じて以前よりもさらに強固なインフラへと作り替える重大な使命を帯びています。私はこれまで、治山・砂防・河川・道路など、あらゆる災害復旧の現場の最前線に立ち続けてまいりました。紆余曲折の連続でしたが、気づけば人生の大半を土木事業に捧げてきました。
現在の日本は少子高齢化が進み、地方の過疎化や生産年齢人口の減少が著しく現れています。
しかし、その時代の流れに逆らうように、私たち「株式会社R-tec」は若い世代が中心となって躍動するエネルギーに満ちた会社です。
> この度、私は取締役部長という大役に任命されました。
現在の私に課せられた最大の務めは、これからの時代を担う若き世代に土木という仕事の「楽しさ」と「厳しさ」を伝え、プロフェッショナルな人材を育成することに他なりません。
そのためにも、私自身の主観や過去の経験に固執するのではなく、【Heart to Heart】を信条とし、若き柔軟な感性を積極的に取り入れ、お互いに切磋琢磨する時間を大切にしています。
その日々の積み重ねが、社員の成長、そして私自身の成長を後押しし、これからの建設業界を支え、次世代へと確実に襷(たすき)を繋いでいけると確信しています。
私が30年の現場で培ってきた経験と技術のすべてを伝承し、これからの【日本の未来】、そして【株式会社R-tec】の更なる発展に向けて、不惜身命の覚悟で邁進してまいります。



